波乱万丈の転職&独立4(脱サラ~起業、そして起業して思うこと)

波乱万丈の転職&独立

脱サラまでの道のり

上司とのいろいろな軋轢はありましたが、そこそこの営業成績を毎月続けることができましたので、入社して1年が経った頃、役職が1つ上がりました。
通常の(?)会社でいういわゆる”係長”です。

その後も営業成績を積み重ね、3年目には”課長”そして5年目には”次長”にまで役職は上がりました。

役職が上がるとともに年収も増えていき、一番多いときで1,300万円くらいありました。
辞める前の数年は1,200~300万円をもらっていました。

ほんの数年前まで毎日の生活に苦しみ、小遣いが月に食費込みで一万円で、カップラーメンと袋のラーメンでお腹を満たしていたときがウソのようです。

ただ逆戻りが本当に怖くて(貧乏ぐらしに戻ることが怖くて)無駄遣いは本当に全然しませんでした。
当初はなるべく妻に弁当を作ってもらい、昼ご飯代を節約しましたし(節約できてるのは自分だけと妻に怒られましたが)お昼を食べに行くことになっても、値段を見てなるべく安い方を選んだり、わざわざスーパーで安いものを探して買ったりしていました。

そのおかげで金銭的には少しずつ余裕ができていったのです。

カードローンを一括返済そして∨字回復

それまでに溜まっていたカードローンの返済は、とりあえず「おまとめローン」というもので一箇所に統合し、毎月返済をしていたものの、それでも合計でまだ残高は200万円近くはありました。

ですが入社して4年目くらいに妻が”一括返済”を提案してくれました。
金利も高いしもったいないので「ボーナスで返してしまったら?」と私に言ってくれたのです。
私はボーナスが全部なくなってしまうのがさみしい感じでしたが、ボーナスによって一撃で一括返済をすることができたのです。

それ以降カードローンの返済がなくなることは、私にとってその後、ものすごく大きくプラスに働きました。
なにより数年ぶりに”借金がない”ことがどれだけ精神的に楽になったことか。

給与体系は、月々の成績は月給にはほとんど反映されず、ほぼボーナスに反映されるという給与体系であったため、半年間がんばった分がドーンとボーナスで入ってくる仕組みだったのです。

それまでも無駄遣いをする生活はしていませんでしたので、ボーナスが出ても家族旅行に少し使うだけで、ほとんど貯金に回していました。

するとボーナスのたびに貯金がたまっていき、現実的にも精神的にも少しずつ余裕ができてきたのでした。それ以降は貯金が減ることはほとんどありませんでした。

初めての不動産投資

私が2つ目のブラック企業(不動産業者)で勤めているとき、ちょうど世間は不動産投資が活発になっていく過程のときでした。

お客様の中でも「収益物件を買いたい」という人が増えてきていました。
収益物件というのは、自分が不動産を購入して家主になれる物件のことです。

あるお客様が収益物件を初めて購入し、その後も味をしめて2件目3件目を買い増ししたいという方がおられ、2件目の物件を買うためにいくつも物件を見回りました。
そしてその中から1件「購入申込」を頂いたのです。

その物件は当時4,200万円で、200万円の値段交渉をして売買価格4,000万円”契約予定”となりました。
家賃が年間で約400万円の収入でしたので、利回り約10%の物件です。
この記事を書いている2024年3月現在であれば、10%の物件は高利回りの物件です。

しかしそのお客様は、売買契約の前日に「やっぱり買わない」と言ってきました。

不動産の業界では、

「購入申込 → 契約予定 → 売買契約」

の流れの中で、売買の条件が売主買主間で折り合わない場合はともかく、売買の条件がまとまっているのにもかかわらず、買主から(場合によっては売主から)直前にやめるというのは、タブーなことです。

そして購入申込の時点で”やっぱりやめる”よりも契約予定になってから”やっぱりやめる”の方がよりタブーなのです。

そのタブーな状況になるとどうなるかというと「とにかく謝罪」になります。

私のお客様が”やっぱりやめる”と言い出していますので、私は「とにかく謝罪」しなければならない状況になって、売主側の仲介業者に平謝りすることになりました。

なんですが実は、私のお客様が”やっぱりやめる”と言い出したとき、私はちょっと嬉しかったのです。
というのも実際に物件を見に行ったときに、ものすごくその物件が良かったので、もし自分が買えるものなら”買いたい”と思ったのです。
しかし物件を紹介する営業マンのほうが、お客様を差し置いてその物件を購入するのはさすがに良くないと思いましたので、お客様がその物件を”購入したい”とおっしゃったときは少し残念に思っていたのでした。

なので”やっぱりやめる”と言われたときに「チャンスが巡ってきた!」と思いました。

ローンを借りれるかどうかはまだその時点ではわかっていませんでしたが、不動産投資をして順調に資産を増やしていくそのお客様を見て「いつかは自分も買ってみたい」と思っていたのです。

ちょうど貯金も少し余裕ができてきていましたし、思い切って購入することにしました。

なので売り方の不動産業者には「買主が契約直前にやめると言ってきたので、私が責任を持って購入させていただきます」とちょっと恩着せがましい言い方ではありますが、私にとって購入する理由がそれによってはっきり出来たのです。

その後すぐに銀行(信用金庫)にその物件を購入できるかどうかローンの打診をし、数日後に承認を得ることができました。

不動産投資をするなど、貧乏生活をしていたときには想像もできなかったことです。

実際の投入金額は、諸経費なども含めて約400万円でした。

いったん貯金は400万円減りましたが、その後は家賃収入が毎月約34万円あり、そのうちの約20万円がローン返済になります。
毎月かかる経費などを差し引いていくと、満室であればだいたい月々10万円程度手元に残っていきます。

毎月10万円ほどが貯金となり、毎月20万円のローン返済をすることで借りたローンは減っていきます。
また本業の不動産仲介の営業で月々の生活費は十分にまかない、年2回のボーナスはあい変わらず大半を貯金に回していきました。

カードローンの一括返済が終わってから、私の家計はV字に回復していったのです。

その後、その当時住んでいた中古マンションを売却し、新築一戸建への買い替えも実現することができました。
そのあたりでやっと今まで苦労をかけてきた妻に恩返しができたような気がしました。

5年がかりで貯めた(?)1000万円

前述の通り、私はサラリーマンをしながら不動産投資にて大家さんをしていました。

サラリーマンの給与(ボーナス)は家計負担と家の貯金に回していたので、購入した投資用マンションは時々空室が出るものの、順調に資産を築いていっておりました。

4,000万円で購入した収益マンションは、少しずつ値上がりし「もしかしたら5,000万円くらいで売れるかもしれない」という市場になってきたのです。

私は、家の貯金以外に1,000万円貯めることができたら、会社を辞めて独立(起業)しようと思っていました。

実は入社して数ヶ月くらいで上司が入れ替わったとき、新しい上司とマンツーマンの面談がありましたのですが、私は成績もそこまでまだあがってないくせに、

「ここの会社に長居するつもりはありません。お金がたまったらすぐに辞めて独立しようと思っています。腰掛けでしか考えていません。」

などと大口を叩いていたのです。

あっけにとられた上司は「それはオレ以上の上の人には絶対言うな」と私に忠告しました。
なのでその後は誰にもそれを言うことなく、自分の中で密かに決めていただけなのですが、数年前に購入した収益マンションの”値上がり”とローンの返済による”元金の減少”によって、1,000万円の現金が急に現実化してきたのです。

しかも家の貯金は家の貯金としてストックしておいたうえで「余剰資金として1,000万円を手にすることができるかもしれない」ということで、夢だった独立起業が一気に具現化してきたのでした。

脱サラ、そして独立(起業)へ

ずっと夢に見ていたことではありましたが、まず所有している収益マンションを売却しなければなりません。

「値上がりして売れそう」なだけでは、次に進めないので、とりあえず先に売出すことにしました。
値段は5,000万円を少し出たくらいです。

もしも5,000万円で売れたとしたら、私の計算では手元に1,600万円くらい残る計算になります。
(とはいえ譲渡所得税が約400万円くらいかかるので、1200万円くらいになります)

しばらくそれで売り出していましたのですが、なかなか買い手が見つからなかったのと、私の独立へのはやる気持ちもあって、4,000万円台に値段を下げることにしました。

するとしばらくして値段交渉はあるが「買いたい」と言ってくれる買主が見つかったとのこと。
いちおうその場で手取りの金額をざっくり計算し、値段交渉を受け入れることにしました。

そして数日後に売買契約を交わし、そのまた約1ヶ月後には決済し、私はとうとう1,000万円の現金を手に入れることに成功したのです。

私は独立起業にすごく前向きでしたが、妻は実は独立に反対していました。
というのはブラック企業(正確には企業というよりもブラック上司なのかもしれない)とは言っても、まがりなりにも一部上場企業で、しかも管理職の役職まで出世している、それを捨ててまでの魅力を感じていなかったようです。

「勝手に決めて、勝手に進めるんやろ」

と半ばあきらめ気味でしたが、私はいつも勝手に一人で決めて勝手にすすめてる(ようなので)ので、妻はシブシブでしたが受け入れてくれました。

そんな妻とのやり取りがありながらも、その後は会社設立(登記)、開業する場所の賃貸契約、備品の手配などもろもろの準備を進めていき、着々と独立の段取りをしていったのです。

そんな準備の中で、IKEAに行ったり、コピー機の中古屋に行ったり、なんやかんやを揃えていく作業は妻も一緒に同行して、ちょっとは楽しく過ごしてくれていたと思います。

円満に退職できるのか

繰り返しになりますが、私が勤めていた会社は、私の認識では完全にブラック企業だと思います。

今まで私が在籍している間にも、何人もの社員が去っていきました。
女性社員は比較的すんなりと円満退職できるのですが、男性社員(営業)が辞めるケースは、

  • 上司に辞めさせられる(とくに私のいた営業所は辞めさせられる従業員が多かった)
  • 同業他社に転職

のどちらかでした。

上司に辞めさせられるケースは本当にひどく、私の上司は営業所長であったと同時に、エリアを統括する長でもあったので、エリア内の他の営業所の担当者にもクチを挟むことができる立場にあったのです。

あるとき他の営業所の新卒2年目の社員が、成績がかんばしくなく、目をつけられました。

ゼロで終わった月の翌月月初に、上司はその担当者に電話をします。

「今月なんぼやるんや」

なんぼやるんやというのは、今月の売上をいくらやるのか、という意味です。

相手あっての営業ですから、立てた目標通りにいくかどうかは常にわかりませんが、営業としては「目標」を立て、その目標達成に向かって頑張ることになります。

ですが、上司の言う「なんぼやるんや」は”目標”ではなく”責任”なのです。

その担当者が「100万円やります」と上司に言ったのですが、

「え?え?なんて言うた?聞こえへん」
「100万円やります」(担当者)
「え?なんて?もういっぺん言うて」
「・・・・・・」(担当者)

これはつまり上司の”もっと高い数字を言え”という圧力なのです。その後、担当者は”200万円”と言いますが、「え?え?」を繰り返し、どんどん数字を釣り上げていきます。

上司の指定する数字を言うまで、そのやり取りが続くわけです。

そしてどんどん数字は釣り上げられ、担当者がやむを得ず「400万円」と言いました。

すると上司は、

「言うたな。ほんまやな。お前言うたで。お前が400万円やるって言うたんやで。」
(一ヶ月に400万円という数字は新卒2年目には相当な無理ゲーです)

と詰め寄っていきます。さらに、

「400万円できなかったらどうするんや。」

と上司は担当者に聞きます。

担当者は答えに困りますので、黙っていると、

「どうするんやって聞いてんねん!お前おれに適当に数字言うてんのか!」

と怒鳴っていきます。

「どうするんや。お前そんな無責任な数字をおれに言うたんか!できなかったらどう責任取るんや!」

と怒鳴り散らしていき、結局は担当者に、

「できなかったら辞めます」

と言わせるのです。
(実際には無理やり言わせていますが、事実だけでいうと担当者が「400万円の売上を達成できなかったら辞めます」と言っていることになっている)

これこそパワハラなのですが、上司がこんなパワハラをしていても、周りの社員は怖くてものも言えませんし、その上司の上司である部長は止めもしません。
「ほんとに現実にあるのか?」と思われるかもしれませんが、現実に私の目前でおきた出来事なのです。(はっきり言って日常茶飯事です)

そしてその月の月末に担当者が言った(言わされた)数字を達成できなかったのですが、担当者は会社を辞めたくないので、その上司に直接謝罪に訪れてきました。

しかしその上司は席を外したり突然外出をし、その担当者と会おうともしません。
(どこまでも卑怯なヤツです)

そしてその担当者の直属の上司へ「あいつは辞めるって言うたから辞めさせといてくれ」と直接手はくださずに辞めさせるのです。
実際にその担当者は辞めたくないのに、その上司のせいで会社を追われ退職をしていきました。

本当にゴミとしか言いようがないクズ上司です。
(人間としてクズ)

話が長くなりましたが、そのような会社(というか体質の上司)ですので、私のような役職者が「辞める」と言っても、なかなかすんなりと辞めれる会社ではないのです。

そんな状況の中で、私は着々と勝手に辞める準備を進めていっておりましたのですが、幸いにしてそのクズ上司が転勤となり(上司が地元業者と癒着している参照)同じ営業所の先輩社員が店長となったため「辞めたい」と言うのは幸いにしてそれほど難しくなくなりました。

ただ上司となった先輩社員のそのまた上司が難関で、簡単にクリアーできないと思っていましたので、もしも引き止められたらどうやって辞めようか、などなど思案していました。

すると数日後にその上司の上司が営業所にやってきまして、個室に呼び出されました。

「何月に辞めたいの?」
(声はやさしいですが、妙な緊張感)

「◯◯月に辞めさせていただきたいです」

「う~ん」
(手帳を見ながら考えている)

「〇〇月まで(希望の月よりも1ヶ月先)やってね」

「はい」

すごく緊張感のある会話でしたが、意外に(?)すんなりと話が進み、希望より1ヶ月あとにはなりましたが、とうとう辞めれることになりました!

しかし!
私の上司の上司のそのまた上司(ほぼ会社のトップ)に本部に呼び出されます。

その人は普段からものすごく貫禄のある方で、店長連中が常にビビりまくっているほぼ会社のトップの人なのです。
そのほぼトップに呼び出され、私は一緒に食事をすることになりました。
その席で、

「お前辞める言うてるそうやな。次は店長やぞ。店長やりたくないんか。」

とおっしゃいます。普通に喋られるだけでもまあまあ怖いです。

ですが私は”ここは引かない”と意を決していましたので

「店長はやりたくありません。お金も貯めました。独立させてください。」

とはっきりと言いました。すると、

「・・・そうか。わかった。しゃーないな。」

と意外にあっさり承諾をしてもらえることができました。
(独立するために今後子育てにかかるであろう資金も事前に貯めたということが”本当に独立したい気持ち”として伝わったようでした)
ほっと胸をなでおろし、いよいよ独立に向けて具体的に実行していくことになったのです。

その後、追加の1ヶ月間がありましたが、私は独立を承諾してもらえた感謝の気持ちもありましたので、その年に入社してきた新人を育成するべく、お客様を訪問するときも、市役所や法務局や現地に調査に行くときも、常に一緒に同行させました。

他の営業マンはみんな自分のことで手一杯なので、新人に仕事を教える人間はほとんどいません。私は置き土産ではありませんが、新人にできる限りの知っていることを教えること、そして辞める日まで今まで通りの営業活動をすることとしました。

結果、月末に正式に退職しましたのですが、その月はそこそこ立派(?)な数字をやって、営業所の仲間たちにも祝福されて辞めていくことができたのです。
(当然ですがその月に売り上げたものは給料・ボーナスには反映されませんが、最後まで仕事をやりきったことは評価してもらえました。)

円満に辞めれなかった人や、同業他社に行った人は、辞めてから数年間は”裏切り者扱い”されて「取引禁止」とか無視されたりするのですが、私は私が想像していた以上に円満に会社を辞めることができたのです。

いまでもそのことは感謝していて、上司の上司のかたにも、上司の上司の上司のかたにも感謝の気持でいっぱいです。

一番長く上司であった”直属の上司”は本当に人間として最低な人間でしたが、更に上の役職の方には本当に良くしていただきました。
もしお会いできる機会があれば、社交辞令ではなく、心から感謝の気持ちを伝えたいと思います。

起業を目指す人へアドバイス

新卒入社から始まり、波乱万丈の人生を歩み今に至るわけですが、私の今までの右往左往した経験がもしも誰かの役に立つのであればと思って、なるべく詳細に書いてきたつもりです。
(まだまだエピソードは尽きませんが)

以前の私のように、会社や上司の圧迫に苦しんだり、生活に困窮したりしている人が少なからずいるのではないかと思います。

私は運良く現在に至りますが、ちがった選択肢を選んでいたら、良くも悪くもいま現在の生活ではなかったかもしれません。

現在の生活も決して余裕ではありませんが、満足はできる生活をしています。
でもさらなる夢を描いて、もっともっと高みを目指していきたいと思っています。

そのためには現実的に高みを目指すための資金が必要になると思うのです。

私の場合は、貧乏ぐらしをしているときは、本当に心が荒んでいて、夢は見てはいるもののずっとその場で足踏みしている状態でした。

その足踏みの状態から転じるきっかけとなったのは「転職」だったのです。

転職することで”固定給”がもらえ、固定給があることにより”生活の不安”が消え、仕事に集中し没頭することができました。

パワハラという私への攻撃はあったものの、私にとって生活の安定は私の精神状態をフラットにしてくれるものでした。

精神状態がフラットになれば、お客様の役に立とう、役に立って報酬をもらおうという健康的な(?)発想も生まれてきます。

自分が不幸せだと感じていながら”人の役に立つ”仕事はできなかったと思います。
実際に貧乏ぐらしをしているときは、自分の生活費を何とかするということしか頭になく、誰かのためになにかをしようという気持ちにはなっていなかったと思うのです。

必ずしも「転職」があなたにとってプラスになるかどうかはわかりませんが、現状を打開する方法の1つが転職であるということは間違いないと思います。

今の現状が厳しい方、厳しいとまではいかなくとも漫然とした毎日を過ごしている方、夢に向かって突き進みたいけど夢が思いつかない方、会社のパワハラに苦しんでいる方など色んな方がおられると思いますが、私の波乱万丈の人生にもし少しでも興味を持って読んでいただき、なにかのきっかけや参考になってもらえれば幸いです。

看板ではなく人間で付き合う

「会社の看板ではなく、人間〇〇として接する」

私はこれを常々意識してきました。

お客様であれ、取引先であれ、出会うときは仕事の一環で出会うのですが、知り合ってからなるべく早くのうちに、〇〇会社の私ではなく、個人としての私を出していくように心がけています。

お客様でも「〇〇不動産の〇〇さん」ではなく「〇〇さん」としてお付き合いをしてくれるようになった方は、独立した今でも時々連絡をくれたり、辞めるときにきちんと知らせることができなかったお客様は、わざわざネットで検索して探し出して連絡をくれたりする人もおられます。

同業他社の社長さんや従業員の方も、辞めてからお付き合いが続いている人が本当にたくさんいますし、独立してから情報を頂いて、それが商売に繋がり利益につながったことも本当にたくさんあります。

独立して自分で会社を経営するようになったとはいえ、色んな人が助けてくれてやってこれていると本当に思います。

会社に勤めていると仲間がたくさんいて、独立すると孤独になるようなイメージを当初は持っていたのですが、逆に勤めていた大手の会社の看板がなくなっても、人として好かれ、友だちのように周囲の同業の人たちはお付き合いしてくれます。

独立すると自然とそういう付き合い方になっていくのかもしれませんが、サラリーマンであってもお客様や協力業者と”友だち”はいきすぎかもしれませんが、会社の看板抜きでの人間同士のお付き合いはできるのではないでしょうか。

サラリーマンであれば、会社のルールやしがらみもありますが、それはあって当たり前、理解できることですから、そのルールに従おうとするサラリーマン気質は別に変なことではありません。
でも個人としてはどう考えているのか、それを相手に伝えるだけでも人間同士のお付き合いができるんじゃないかと思うのです。

人によっては、私がそんなスタンスで話していても、自分自身の考えをさらけ出すこと無く、機械的に会社のルールでしか仕事をしない人もいます。

「あなたは会社ですか?(人間ではなくて)」

と問いかけたくなりますが、まあ世間には色んな人がおられますから、そういう人はそういう人と付き合える人がいるかも知れませんし、自分が心を開いて話ができる人をいかにたくさん増やせるか、それが自分が独立して起業したときに、応援してくれる人になると思うのです。

自分個人を損得無しで応援してくれる人が出てきましたら、自分が仕事を頑張る原動力にもなりますし、一緒に利益を生み出す商売ができるかもしれません。

そんな仲間がたくさんできることを私自身にも、この文章を読んでくれている方にも願うばかりです。

起業してから思うこと

(前述の文章とは真逆のことを言っていることになりますが)会社勤めのときは給与が出ていましたので、毎月の生活に不安を感じることはありませんでしたが、独立起業しますと当たり前ですが全て自己責任、毎月きまった収入はありません。

人としてのお付き合いを増やしていって、応援をしてくれる人がたくさんいても、実際に資金的に応援をしてくれるわけではありません。

一日仕事を終えたときになんの成果もなかったとしたら、家に帰る道すがら、

「これからどうやってお金を稼いでいけばいいのだろう」
「こんな毎日を過ごしていたら、食べていけなくなる」

そんな恐怖感にも襲われることがあります。

とくに私は保険外交員時代の「超貧乏生活」を経験しているので、絶対にその生活に戻るなんてことは考えたくありません。

じゃあどうすればやっていけるのか。

答えはきっと無くて、とにかく、

「考えて考えて考えるしかない」

と今は思っています。

お金を稼ぐにはどうすればいいのか、新しい案件を発掘するにはどうしたらいいのか、みんなどうやってお金を稼いで食べていっているのか、毎日毎日常に、休みの日も寝る前も、朝起きてご飯を食べるときも、お風呂でシャワーを浴びているときも・・・

そうやって常に「どうすればいいのか」を考えていると、なぜかポロッとチャンスが巡ってくるのです。運が良いだけなのかもしれませんが「困ったな」と思ったときに突然久しぶりに電話がかかってきたり、突然昔の知り合いが訪ねてきたりして仕事に発展したりするのです。

きっとそれは、常々どうすればいいのだろうかという思考を持っていれば、チャンスがやってきたときに「これはチャンスだ」と気づくことができるわけであって、何も考えずに過ごしていれば”チャンスと気が付かない”のかもしれません。

現に私は独立してからすでに数年経っていますが、自分の実力でここまでやってこれたと思っていません。コロナの時期には、人と会うことも制限され、この先どうなることかと心配したこともありましたが、なぜかそんなときに案件が転がり込んできて、乗り切ってこれたのです。

正直マジで「運」「ツキ」だけでやってきたと思います。
だからそれでも毎日「どうすればお金を稼げるのか」そんなことばかりを考え、日々過ごしています。

もしかしたらサラリーマンのときよりも大変なことかもしれません。
サラリーマンのときは、とりあえず目の前の仕事をこなしていけば、なんとなく契約ができて給料がもらえ、夏や冬にはボーナスを貰っていたのです。

ある意味そっちのほうがラクなのかもしれませんが、私にとっては「すべてが自己責任である」代わりに、自分の正しいと思うことを自分の思うとおりにできるのが、本当にストレス無く仕事ができるのです。

サラリーマンであれば上司の命令は「会社の命令」となりますから、自分では”間違っている”と思うことでもやらなければなりません。

ある時上司に言われたことがあります。

「自分のやりたいようにしたいんだったら、自分で会社起こして全部自己責任でやれ」

たしかにそのとおりですが、
(そういうあなた(上司)も所詮は雇われの身のくせにエラそうに)
と思いながら反発しつつも、指示通りに動いたことを覚えています。

「独立」
「起業」

本当に夢のある言葉だと思います。

でも全て自己責任、生きていくのは本当に大変です。
けどそれに合った見返りも努力次第で得られます。
もちろんですがサボっていては見返りはありません。

そんな風にして過ごしていたらあっという間に数年経っていたのです。
これからもきっとあっという間に時は過ぎていくと思います。

もし独立したい、転職したい、そんな気持ちが心の奥底にあるのであれば、その場で今すぐ立ち止まって、将来の自分を考えてみると良いと思います。

時間はあっという間に過ぎていきます。
落ちているチャンスに気づかずにスルーしてしまうかもしれません。

たった1回しかない人生ですし、今日という日も二度とやって来ません。

今すぐこの場で自分に問いかけてみてはいかがでしょうか。

あとがき

私のストーリーはまだまだこれからも続きますが、ひとまずこれまでの私の波乱万丈のストーリーをお読みいただいた方、本当にありがとうございました。

「私のほうがもっと波乱万丈です!」

そんな方もおられると思いますが、いちおう私は自身の記録として残しておきたいと思って、ドラマチックに書いてみました。

本当につたない稚拙な文章でしたが、どうかお許しください。
本当にありがとうございました。

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